【イベント】鴉の涙②

カラスの願いを聞き入れて数日。
森の霧は、初めより少し薄くなっているように見える。
今日はどこへ向かう？

静寂の塔の中は静まり返っており、微かな耳鳴りだけが響いている。そんな中、塔の上からカラスの鳴き声が聞こえた。目の前には階段が続いている。

名無しの森からは、不気味な霧が漏れ出ている。奥は真っ白で見通しが悪く、1歩を踏み入れるのも躊躇うほどだ。
微かに、人の声のようなものが聞こえた気がする。

カラスの鳴き声に導かれるまま階段を上ると、沢山の棚が並んだ部屋に辿り着いた。棚の上には容器がずらりと並べれている。
容器は、木製の箱や鉄製の入れ物、ガラスケースやフラスコなど、その種類は様々だ。

容器の中を見てみる。
木の実や植物、ポーションの材料としてよく目にする物、落華星のような宝石、真っ赤で大きく尖った宝石、赤黒い棘のようなもの……。
ありとあらゆるものがコレクションされていた。

部屋の1番奥には、他とはどこか雰囲気の異なる様子で、「何か」が保管されているようだ。

塔の1階部分には、ところどころにカラスの羽が落ちている。それでも塔に目立った汚れは無く、それなりに綺麗だ。

「やぁ。何か気になることがあるのかな」
背後から、フルヤ先生の声がした。

声を頼りに森の中へ進むと、霧の奥に人影が見えた。
影は2つ。片方は黒い燕尾服を、もう片方は和服を着ている男のようだ。
2人は何かを話しながら、森の中を並んで歩いている。

『……それを、教育の場として設けたくてね。騎士と魔導師の存在を、安定させたものにしたいんだよ』
『なるほど。良いお考えですね。今のままでは世界が歪みかねませんから』

森の中へ入る前に辺りをよく見て回っていると、木に何かが彫られているのを見つけた。魔法の国の古代語のようだ。そばに生えている木にも、いくつか古代語が彫られている。

「やぁ、何か気になることがあるのかい」
背後から、フルヤ先生の声が聞こえた。

人影を追いかけて更に森の奥へ入ると、一瞬にして辺りの景色が変わった。
少し明るくなり、空も多少見えるようになったが、薄く霧がかかっている。
すぐ近くには大きな建物──城のようなものが見え、ここはその城の庭なのだと理解できた。

「まずは、騎士と魔導師をひとつの場所に集まるようにしようと思う。同時に、騎士と魔導師の教育に特化した制度を整えて……」
「今ある施設で制度を整えて教室を開くか、それとも新しく教会を建てますか」
「新たに、騎士と魔導師のための場所を創りたいんだ……。一先ず、俺の城を半分使うのはどうだろうか。あの城は広すぎるだろう？せっかく素晴らしい城なんだから、無駄にはしたくない」
「えぇ、そうですね。他の者もきっと賛成でしょう。王様のお城の半分を、騎士と魔導師の力を養う場所として教室を開く、ということでよろしいでしょうか」
「あぁ、その通りだよ。制度や設備が完全に整うまでは、この案で進めよう」
「かしこまりました。では他の者には私から事前に話を……」

2人の男は真剣な様子で言葉を交わしながら、城の方へ歩いて行ってしまった。聞こえた会話から、和服の人は王様、燕尾服の人はその仕人か何かなのだろう。

──騎士と魔導師の教育制度。身近なものでは、リーベルクロウ学園が脳裏に浮かぶ。「学園が建つ前は、城で教室を開いていた」という話は、歴史の授業で聞いたことがあるような……。

会話を続ける人影を見つめていると、それらはゆらゆらと揺れる霧に隠れて消えてしまった。声も遠のき、辺りはまた人気の無い静かな森へと戻る。

あの人影は誰だったのだろうか。今はもうすっかり人の気配がしない。

突然、ガァガァとカラスの荒い鳴き声が聞こえた。と思えば、バサバサと羽音を立てながらカラスが突っ込んで来る。
何事かと辺りを見回すと、ゴゴゴ……と低い地鳴りのような音がした。
その音はカラスの来た方向から聞こえる。そちらを見てみると、蔦のような形をした黒い塊が、こちらに少しずつ伸びて来ていた。

危険だと直感的に感じ、カラスが向かった方へ走る。
少しして音は止み、カラスも落ち着きを取り戻して木の枝の上から様子を窺っている。

今日は早くこの森を出た方が良いのかもしれない。……いや、あの黒い塊を壊してからの方が良いのだろうか。

これ以上先へ行くのは止めておこう。2人の男にはついて行かずに、その場で様子を窺うことにした。
すると突然、視界は真っ白な霧に包まれた。視界が開けた頃には、元いた名無しの森にいた。

深い霧に包まれ、空の様子などぼんやりと明るいこと以外わからない。
森の出口へ向かおうと歩き出すと、足に何かが当たり、音が鳴った。

足元を見てみると、蔦のような形をした黒い塊があった。
少しゴツゴツとした見た目で、微かに光を反射している。

恐らく、これが彼らの言っていた「縛り」なのだろう……。

振り返ってみると、穏やかに微笑むフルヤ先生がいた。
「もし良ければ、何が気になるのか教えてくれないかな」

声の方には振り返らず、聞こえなかったフリをする。
目の前には上へ続く階段が、後ろには塔の出口がある。
階段の上から、再び「カァ」と鳴き声が聞こえた。

振り返ってみると、穏やかに微笑むフルヤ先生がいた。
「もし良ければ、何が気になるのか教えてくれないかな」

声の方には振り返らず、聞こえなかったフリをする。

森の奥からは、再び人の声のようなものが聞こえた。